カナエルノート

50代のキレイ・楽しいを叶えるヒント

ぞわぞわする親の行動

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80代になる両親は長いこと家庭内別居をしています。

 

父からは母の悪口を

母からは父の悪口を

ずーーーーっと聞かされて育ちました。

 

家の中がメチャクチャになるほどの

盛大な夫婦喧嘩もしょっちゅうでした。

 

年齢と共に夫婦喧嘩の質は変わりましたが

未だに片方が怒って家を飛び出すような喧嘩をしています。

80歳を超えてもお互いの悪口を言いながら暮らしています。

 

二世帯住宅を建てるときも

父と母の部屋の間に廊下を作るという要望があったので、

ならば、いっそ全てを別々にしたらと言うとそれはスルーされました。

 

お互いを認めあいながら一緒に暮らす

または、別々に暮らす

どちらも選択しないことに狡さを感じています。

 

ほぼ毎日夫婦揃って散歩に出ているので

ご近所から仲のいい夫婦と言っていただくたびに

喧嘩するほど仲がいい〜は両親に限っては当てはまらないと内心思っています。

 

外出先でも相手のアラしか見ていないのに

なぜ悪口を言いながら毎日一緒に出掛けているのか不思議でなりません。

 

夫婦喧嘩で揉める家は安らげる場所ではなくなります。

 

最近の新たに父の問題言動で母が鬱々として部屋に閉じこもるようになりました。

 

有効な対応策もなく

喧嘩はどちらかがなくなるまできっと続くのでしょう

 

そして今日も母は部屋に閉じこもり

父は自分の正当性を外まで聞こえる大声で電話をかけまくっています。

アラ還になった私は子供の頃と変わらず、この状況をぞわぞわしながら耐えるしか術がありません。

 

 

 

ねこやなぎと祖母

 

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数日前に見つけた記事から祖母との不思議な思い出が蘇りました

 

www.543life.com

 

50年・・・半世紀近く前のこと

 

祖母と母と妹と私の4人で福島県宮城県の県境の湯治場に逗留しました。

 

湯治場には、10日か2週間逗留した思います

週に2回、食材の販売カーが来ると祖母と母は食材を買い出しに出るついでに

一緒に行って、外を散策するのが楽しみでした。

 

その時に祖母から「ねこやなぎ」という植物の名前を教えてもらいました。

ネコとヤナギの言葉の響きが楽しくて

何度も「ネコヤナギ~」と無意味に叫んびながら

妹と雪解けでぬかるんだ道を走りました。

 

どういう経緯だったのか

とても不思議なのですが

子連れで湯治をするほど具合が悪かったのが誰なのか

祖母?

母?

小児喘息だった私達姉妹??

全く記憶がありません

 

雪の崖路をバスで進んでいくことの恐怖

なぜここに父がいないのかという不安

いつまでいるのか?という不安

 

後に祖母と母は、その時の湯治の話を楽しい思い出話にしていましたが

私は何か聞いてはいけない大人の事情みたいなものを感じて

結局何も聞けませんでした。

 

ねこやなぎを見たり言葉を聞くたびに

あの横溝正史の映画に出てきそうな

湯治の宿、共同炊事場、黒いお湯の大浴場、雪の崖

断片的な思い出が蘇ります。

 

それにしても不思議な思い出

私の想いと思い出が交錯しているのかもしれません。

母が元気なうちに、機会があったらあの湯治の理由を聞いてみよう。

 

 

私が料理をやめたわけ

最近、夕食は夫がつくっています。

私は手伝う程度です。

 

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一人娘が嫁いだのは4年前

 

当初は娘がいた頃と変わらずに食事の支度をしていました。

 

私の両親との二世帯住宅ですが、完全分離型なので食事は別です。

 

娘が嫁いだ後に、会社員生活にピリオドを打ちました。

一昨年からリモートワークをはじめて

コロナ禍でリモートワークの仕事が忙しくなっています。

 

夫は自営業ですが、

コロナ禍で外勤の時間が短くなって家にいる時間が長くなっています。

 

仕事の忙しさ・・・少しはそれも関係あるかもしれません。

 

一番の理由は夫の偏食

作っても食べるとは限らない

 

 

夫の偏食は昔から

同じ食材でも食べる日と食べない日があります

 

いつの頃からか

夕方、夫がお腹が空くと食べたいものを作る

私も自分の食べたいものを作る

 

私が料理をやめたのは

夕食のおかずが残っていて「お腹いっぱい」と箸を置いた夫が

片づけが終わったとたんにお菓子を食べ始めたことが続いたからかもしれません

余ったおかずは結局残って捨てることが多くなりました

捨てるために作るなんてバカらしい

 

超のつく無口なので本当のことはわかりません

追求するなんて面倒なことはとっくにやめました

ここまでだと冷え切った夫婦のようかもしれませんが

そこそこ仲はいいほうという自負はあります

 

お互いに楽なほうがいい

 

いろいろ言いましたが、

私が料理をやめた本当の理由は、料理がキライだからかもしれません。

 

 

 

 

 

グレイヘアーにはまだ早い?

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昨年の夏、思うところがあって母は白髪染めを辞めました。

 

特別なお手入れをせずに自然に伸ばす方法で地毛の色へ戻しています。

根元から生えてきた髪は・・・

ほぼ白

キレイに白

 

決意から約5か月が経って

だいぶ伸びてきた分、全体的には白、茶、黒

(白髪染めが退色した部分は茶色に・・・)

 

『白髪になるにはまだ早い!』

『今すぐ、白髪染めをして来い!!』

と、父が急に騒ぎ出しました。

 

「決めたんだから」

「せっかくここまで伸ばしたんだから」

と、母は拒否していましたが

連日言い続けられたら根負けしてしまうかもしれません。

 

それにしても・・・

早いって?

80歳で早いって???

白髪染めの判断を夫である父が当然にするって???

何歳になってもワンマンぶりは収まるどころか加速している父

 

グレイヘアーになるのは、何歳ならばいい???

 

通りで終活の勧めにも応じないはずだ。

 

 

夫の元気がない理由

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半月前位から夫の元気がありません。

 

2人だけで過ごす時間が多くなったので気になって

その理由をわたしなりに分析してみました。

 

 

義母の退院が延期

半月前・・・・

その頃、義母の入院する病院から呼び出しがあって

義姉とともに病院へ行き

経過がよくないので退院を延期すると医師から言われてしまいました・

 

その前のお見舞いの時に、義母からは「早く帰りたい」と懇願されていました。

 

  

義姉の決断

退院後の生活について、わたしは家の改装などの心配をしていましたが

どうも夫の反応が鈍い…よくよく聞いてみると

退院のカウントダウンが始まって、義姉は自宅に迎える気はないらしく

「施設」という言葉が出てはじめているようでした。

 

義姉は離婚し、息子と義母と同居中

義母と義姉の仲は以前から悪く、

義母が義姉の悪口を誰彼構わず言い

看護師さん達にも言っていました。

 

義母は要介護3

義姉には仕事もあるし、関係性も悪い

義姉は施設への入所を決め、着々と準備を進めていました。

そして、様々な条件にマッチしたのは県内ではあっても70km程離れた場所でした。

夫には事後報告でした。

 

 

まとめ

夫の気持ちを推測してみました。

今までの経緯や状況から、姉に異議を唱えることもできず

私の両親と同居中なので、自宅に引き取ることもできない。

できないことだらけ

 

そしてその施設まで同行するのはきっと夫

義母が一番かわいがった末っ子の夫

前回のお見舞いで「早く帰りたい」と義母が懇願した相手も夫

想像しただけで切なくなります

 

義実家にも深い事情があるようです。

新参者のわたしには理解の及ばないこともあるので軽々に話すことはできません。

色んなことが複雑に絡み合って悩ましいのかもしれません。

 

義実家の心配ばかりしていられません。

私の両親がそうなったらどうしよう。

心身ともに耐えられるだろうか?

 

 

 

 

 

 

同居の知恵・・・たまに来る姉妹の指摘の聞き方

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80代の実両親と二世帯住宅で同居をはじめて11年が経ちました。

 

同居の苦楽

 

当初は入院や手術を繰り返して、病院への付き添いの毎日でした。

今ではすっかり元気になりました。

元気すぎるくらいです。

 

ザ・昭和の男を凝縮したような父はワンマンでマイペースです。

そして待つことを知りません。

 

指令には即対応しないと叱られます。

耳が遠いので大きな声で怒鳴ります。

母は父にも負けずとは劣らずマイペースです。

 

マイペースな両親に振り回される日々のストレスと更年期で体調を崩しました。

 

 

父から溺愛されている妹

 

市内に住む妹は月に数度遊びに来ます。

両親からの話を聞いて、

〇〇してあげて~

△△してほしいみたい

XX用意したほうがいい

来るたびに何かしら言われます。

 

そこでついつい推測してしまいます。

私がいない間に両親と妹との間の会話を~

お姉ちゃん(私)に頼んであるんだけど

お姉ちゃんはなかなかやってくれない

お姉ちゃんには頼みにくい

そんなこと言われているんじゃないかって

段々、陰口言われていると被害妄想のようになっていきました。

 

 

そして

ある日母に聞いてみました。

「お父さん、私の悪口言ってる?」

あっさり認められて力が抜けました。

被害妄想は父のほうが上手のようでしたが・・・・。

 

ある日「○○の予約をとってあげて」と妹から連絡が来ました。

その話は母と決着済だったはずなのに・・・。

結局は妹の先走りだったのですが

いちいち振り回されていたことに気づきました。

同居のスタートが父の入退院だったので、おせっかいを焼きすぎていました。

両親はどんどんできることが減っていきました。

不自由が増えると不満も増える。

自由に行動できたほうがいい。

それに親切のつもりのアドバイスを意地悪と受け取られることも増えて、関係も悪化してしまいました。

 

たまに遊びに来る妹の指摘に耳は傾けるけど、気にしすぎるのはやめよう。

両親には自分のことはできる限り自分でやってもらう。

自分の時間も大切にする。

 

 

 

 

 

2人目不妊のはなし

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24歳で結婚

25歳で出産

結婚後、想定外に早く授かることができました。

妊娠発覚直後から切迫流産、切迫早産、妊娠中毒症と妊娠生活を満喫する間もなく出産の日を迎えました。

 

出産の話

前夜の夜中に陣痛のような痛みがあり病院に連絡をしましたが

いつの間にか眠ってしまいました。

早朝、病院からの電話で目覚めました。

予定日の当日だったことから入院の準備をして病院へ来るように言われ、

結局そのまま入院しました。

お昼になっても陣痛が強まる気配がなく、午後から陣痛促進剤の点滴がはじまりました。

それでも陣痛が強まる気配がなく、何度か点滴の速度を速めたような記憶があります。

その後、天井がグルグルするようなよくわからない感覚に襲われたのは覚えていますが細かい記憶はほぼありません。

その後、医師の怒号と看護師さんたちの慌てた様子に我に返りました。

医師から赤ちゃんの心拍が下がっていることと吸引分娩に切り替えることを告げられました。

直後に産声というには弱々しい声が一瞬だけ聞こえました。

夢に描いた生まれたての我が子を胸に抱くことはできませんでした。

駆け付けた夫には、あと数分遅れていたら危険だったことなどが説明されたようでした。

 

出生時の状況や低体重児で生まれたこともあり

抱くことも母乳をあげることもなかなかスムーズにはできませんでした。

 

 

ふたりめ

 

出生時の状況が嘘のように娘は健康に育ちました。

 

周囲からも「ふたりめは?」と聞かれるようになり

 

最初の妊娠出産は準備ができていなかったせいだと思い込んでいたので

ふたりめはしっかり準備をしようと出産した病院へ婦人科検診へ行くと

「ふたりめはお勧めできません」と言われてしまいました。

説明はされたのですが、ショックで内容をほとんど記憶していません。

 

一人目はすぐに妊娠したし、そんなはずはないと別の病院を受診しました。

するとそこでも

万が妊娠した場合は、妊娠期間中は管理入院になること

最初の妊娠で腎機能に問題があったため、透析になってしまう可能性もあること

など妊娠は勧めない理由を説明されました。

 

最悪な場合の説明うけても実感がなく

なんでもなく妊娠出産ができる可能性もあると楽観的に考え

しばらく、自然に任せることにしました。

 

「二人目まだ!?」の世間風当たりは日増しに強くなっていきました。

けれど、二度と妊娠することはありませんでした。

 

 

そうして

 

我が家は一人娘ということになりました。

 

2人目不妊で相談に行った病院の中には

一人いるんだからいいじゃない。その子を大切にしなさい。

という病院もありました。

あくまでも約30年前の話です。

 

夫婦揃って子供が好きです。大好きです。

最近の赤ちゃんが被害にあうニュースを見ると心が痛みます。

そして不条理さとともに古傷が痛むような感覚を覚えます。

他に方法はなかったのかなぁ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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